働く母のすすめ

You are stronger than you think.

息子に伝えたい”勉強”の話

何度も激しく首を縦に振りながら読んだ。

dual.nikkei.co.jp

 

以下、特にここ!と思った部分の引用。

 

長野への移住は、過熱する中学受験からの“疎開”という意味もありました。

 

 私自身はいわゆる都心部進学校から東大に入ったタイプで、周囲が必死に走っているから自分も一緒になって走り続けて、その結果として東大にたどり着いていたという人間でした。正直、私のような凡人は、そうでもしないと東大には入れなかったかもしれません。そういう意味では、都心部進学校のメリットもよく分かっていたのですが、子どもたちには受験はさせたくないという気持ちがありました。

 

何度も書いているけれど、私は田舎出身で、小さい頃は「お受験」とは縁遠い生活をしてきた。大学院を卒業して、就職で関東に出た時、周りに「お受験」経験組がたくさんいて驚いた。特に東京界隈では、私の育った田舎とは全く違って、小さい頃から塾や私立の有名校でゴリゴリに勉強してきた人たちがたくさんいることを知った。田舎と都会とでは、スタートから”勉強”に対する意識が違うけれど、それは私にとってbehindな部分であるとともに、advantageでもあると思った。能力面で他人より劣ることはたくさんあるけれど、親や居住場所などの環境の影響ではなく、自分の意志でここまで開拓してきた自分のことを、少なくとも自分だけは評価しようと思った。


www.wmstyle.jp
10年くらい前のインタビューだけれど、上のサイトでは同じ藻谷さんが下記のようなことを話されている。

 

もちろん例外もありますけれども、有名私立、国立とかの人っていうのは、ドリルが上手い、一定のところまで一定のことをやりなさいっていうようなことは、基礎的な訓練としてできているんだけれども、例えば、東大の大学院に残る、そして、大学の教授になるというと、例えば県立高校で1人だけで勉強ほうが、本当の学力があると思うんですよね。全員が全員、県立高校の人だってわけじゃないんですけれども、意外にじゃあ有名私立の高校に行ったからって、東大は入れるけれども、じゃあ、そのあと、学術的な方面に進むというのは全く別だと思うんですよね。でも、逆に、そういう受験勉強が上手にできた子というのは官僚になったり弁護士になったりとか、何かの試験をクリアするほうはできるんですけれども、クリエイティヴィティーを要求されるところというのは意外に県立高校出身者が多いんです。



引用した文の全てに賛同しているわけではないけれど(引用文が藻谷さんの主張を完全に反映出来ているようにも思わないけど)、私が”塾や私立の有名校でゴリゴリに勉強してきた人たち”の一部に感じてきた違和感というのは、まさにこういうことだと思った。有名私立卒vs地方県立卒みたいな対立を生みたいわけでは決してない。ドリルを正しく速く解けることも、そうした訓練を継続できることも一種の優れた能力なので、そうした能力を発揮できる場で活躍したらよいと思っている。けれど、私自身がずっと(勝手に)憧れ、イメージしていた”勉強を続けた後に手に入れたい能力”はそうしたものではないと思った。

息子に対する教育面でも同じことを思う。息子には楽しく生きてほしいと思っている。楽しく生きるためには、生活においても仕事においても、裁量権を持つことが大切だと感じていて、そのために必要なものは他者の求める"正解"を出すことだけではなく、自分の発想を信じて発言できることが重要だと思っている。私がイメージしていた”勉強を続けた後に手に入れたい能力”はそうしたスキルのことで、そんなことを考えながら、日々、息子と向かいあい、試行錯誤している。

 

とりあえずは、正解を出すことはさておいて、この世の仕組みはとても美しく、学問は楽しいってことを息子と話している、そんな毎日。