働く母のすすめ

You are stronger than you think.

笑うこと

子どもの頃、休日の昼間に、ダラダラと漫才を見るのが好きだった。土曜日は学校が終わると、ダッシュで帰って新喜劇を見た。私の父方の祖父母の家は、盆暮れ正月になると、サマーウォーズみたいに親戚が集まる家だったのだけれど、いとこたちの中でほぼ最年少だった私がこまっしゃくれた返しをすると、親戚が笑いの渦に包まれるのが嬉しかった。

 

同じく西で生まれた夫と結婚した。職場で標準語を話していると、着たくもない重い鎧を付けている気持ちになる。自宅に帰って、関西弁でしょうもない話をするとほっとする。夫のことを「ほんまにもう手のかかる人で。」と言うとドン引きされるか真面目に心配されるような文化圏でも、それを気の利いた返しで拾って笑いに変えてくれる夫の存在に安心する。本当に頭が悪いと思って「アホやなあ。」と言っているわけではないように、本当に相方が憎たらしくてどつき漫才をやっているわけではないように、本当に手のかかることを疎んで言っているわけではないことを、説明せずとも分かってくれる関係。笑いには、愛がある。

 

年末になると家族全員でM-1を見る。12〜1月は、大抵、息子とジャルジャルのネタのコピーに勤しむ。インドネシアとアルゼンチンの話題が出てくると一緒に盛り上がる。学童の帰り道に、息子とどっちが上手く、チョコプラ和泉元彌の真似が出来るかを競う。お迎えはいつも19時で、少しでも早く帰ってご飯の準備をしないといけないのだけど、2人で「そろり、そろり〜。」と言いながらゆっくりと歩く。「っていうか、母ちゃんは、はよ帰りたいねんけど。」と突っ込んで一緒にゲラゲラ笑う。笑いを共有することは、幸せである。

 

息子がテストの答えを間違えたことに凹んでいたら、思いっきり笑い飛ばして全力で褒める。「これ、ええわ。テストの答えとしては間違ってるけど、母ちゃんはこういう答え、めっちゃ好きやで。」と言って笑う。あれば、私の失敗談も話して「え。母ちゃん、そんなことしたの?」と言われたりして、今度は2人で笑う。私自身のことでいえば、仕事が辛くなったら、漫才を見て笑う。アホほど笑うと不思議と頑張れる。笑いには、嫌なことを吹き飛ばすチカラがある。

 

笑いはいつも生活とともにある。誰のものでもなく、文化だと思う。それを興業としてお金に換えている人たちが、笑いを笑えないものにすることがあったとしたら、キミら何様やねんと思う。