働く母のすすめ

You are stronger than you think.

最近考えていること。その4


最近考えていること。その1 - 働く母のすすめ
最近考えていること。その2 - 働く母のすすめ
最近考えていること。その3 - 働く母のすすめ

話は初めに戻り、夫のケースでいえば。
夫のストレスに弱いという個性自体を、今から大きく変えることは難しいと考えている。また、その個性は、他人の弱さに優しいというような夫のよい面と表裏一体だと思っているので、私自身は必ずしも変える必要があるとも思っていない。可変なものである環境を変えること、この場合であれば"ストレスに直面した時に効果的な対策法"や"そもそも自分がどういうストレスに弱いかを認識し、出来るだけストレス回避する方法"などを考えて実践することが現実的だと考えている。(恐らく実践中)

それから、夫と両親との関係性を変えるということも効果的だと考えている。なぜならば、夫の両親との接触(環境からの負の刺激)を完全にないものにしてしまうことは不可能だからだ。夫から「絶縁」という言葉が出たことあるけれど、「絶縁」は直接的関節的な関わりを皆無にし、その生死に関する情報の入手すらも拒否するくらいの心積もりがなければ、あまり効果的ではないと思う。相手との交流が継続している以上、接触する度にdisturbされ続けるし、相手が病気等で精神的に弱った状態に陥った時にはどうしようもなくなることが予想されるからだ。関係が良好な相手の看病/介護であっても、かなり大変なので、相手との関係性が良好ではない場合には、肉体的疲労も精神的疲労も相当なものになることは容易に想像できる。(平常時の関係性すらうまくいってないわけなので。)それにそもそも、怒りや憎しみは、愛されたい(愛されたかった)という感情が元になっているので、相手が弱った時に表出する気持ちをうまく処理出来なくなる可能性も考えられる。

ならばどう関係性を変えていくかというと(適切な言葉が見つからないのだけれど)「親自身も与えられた個性と環境の中で精一杯やったけれど、そうするしか術がなかった。」ということを"理解"することが、第一歩ではないかと思う。これまでに、だらだらと書いてきたように、遺伝子的な観点からも環境的な観点からも、自分に関与する要因について、コントロールできる部分は多くないし、うまくコントロールできるわけではない。そうしたものを可能な範囲でコントロールするにも、自分や自分を取り巻く状況を客観視できるだけの、知力と各種の余裕が必要で、そういったものは、誰にでも容易に得られるものではない。親(大人)と自分(子ども)の関係性でいえば、理解を示すのは大人の役目であることが一般的かもしれないけれど、親にはそれができなかったのだから、気がついた子どもがやるしかない。親のためではなくて、自分自身のために。

我が家の例でいえば、夫はその個性や(主に)生育環境の影響で、自分の感情をうまく調整できない状況にある。夫の視点から見れば、親に怒りの感情をもつことは十分に理解ができるし、休職等の必要性も含め、自分の能力を十分に発揮できる状況にないことも決して夫のせいではないと思う。一方で、息子の視点から見た場合、息子がその状況をどれだけ理解してくれるだろうか。夫のパフォーマンスが下がっていることで、夫と交流する時間が減ることは避けられないし、家族内の雰囲気に影響が出ることもある。息子が、日中、布団から起きだして来られない夫の姿を見ることもある。大人からみればreasonableな状況であっても、息子にそうした大人の事情を理解することを求められるだろうか?こうした状況が一時的なものであれば、大きな問題にはならないかもしれないけれど、継続することがあれば、息子は夫に対して「俺だって大変なんや!」と主張し、話を聞いてくれない相手と受けとることもあるんじゃないかと思う。

おそらく夫の両親もそうしてもがいていたけれど、そこから脱出することが出来なかっただけなのではないかと思う。それは努力不足とか自己責任で片付けてはいけなくて、幸運にも気がつく余裕を持つことが出来た私たちの世代が、断ち切る必要のある負の連鎖なのだと思っている。

 

うまく言葉出来そうになったら続く。