働く母のすすめ

You are stronger than you think.

集団の中の外れ値として、幸せに生きています。

世の中には、様々な情報が溢れている。
根拠に乏しい情報もあれば、数値やグラフを提示して「男性より、女性の方が〜ということが知られている」とか「子どもは、xx歳までに〜が出来るようになる」などと、それらしく書かれている情報もある。けれども、数値やグラフの記載があっても、それらの読み方や意味を知らなければ、情報を正しく解釈することは難しく、不安を煽るような情報に振り回されながら、生活することになる。今回は、数値やグラフに惑わされないために大切なことを、書き留めておこうと思う。


下のグラフは、私がテキトーな数値を入力して作成したものである(グラフが汚いのはご容赦ください)。左のバーをA群、右のバーをB群とする。

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例は何でも構わないのだけれど、例えば、このグラフは、とある地域の共働き家庭を対象に、平日、家事育児に従事した時間について聞き取り調査を行い、それらをまとめた結果だとする。A群は父親が家事育児に従事した時間、B群は母親が家事育児に従事した時間だと言われたら「母親の方が、家事育児に従事する時間が長いんだな。」という印象になるかと思う。けれど、きちんとそう表記するためには、統計解析をしなければならない。このグラフは、私がテキトーに、でもA群とB群では、統計学的に有意な差があるように作ったものなので、見た目の印象通り「母親の方が、家事育児に従事する時間が長い」といえるデータになっている。けれど、グラフの見た目は「A群とB群で差がありそう」に見えても(バーの高さが違うと、差がありそうに見えてしまう)、統計学的には差がないことはいくらでもある。
また、文字だけで「母親の平均値は3時間、父親の平均値は1.8時間で、母親の方が1.7倍も長い時間家事育児をしている!」と表記されている場合も同様で、それぞれの平均値を単純に割り算すれば、確かに1.7倍だけれど、統計解析をすると「家事育児の従事時間において、男女差はなかった。」という結論なることも十分あり得る。

 

大切なこと:見た目に差がありそうなグラフが提示されていても「平均値が◯倍!」などと記載されていても、統計学的な解析結果の表記がないものは、話半分に聞いておく。

 

上にも書いたように、さきほどのグラフは「私がテキトーに、でもA群とB群では、統計学的に有意な差があるように作ったもの」なのだけれど、実際にどういうデータを元に作成したのかがわかるように、個々のデータを赤い丸で書き加えてみたのが下の図になる。

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個々のばらつきは、それなりにあり、例えば、さきほどの家事育児に従事する時間の例を使うと、同じ属性の中でも、家事育児に従事する時間は、3.5〜6倍程度違うといえる。それから、父親の中には、母親の平均時間よりも長く家事育児をしている人もいるし、母親の中には、父親の平均時間よりも家事育児をする時間が短い人もいる。
このデータを、統計学的な解析結果に基づき、文字で記載すると「母親は、父親よりも家事育児に従事する時間が長い」という表現になるのだけれど、その根拠となるデータ(上記のようなグラフ)が想像できなければ、個々の経験(n=1or少数のデータ)から「そんなことはない、私の周りでは〜だ!」とか「主語が大きい」とかいう発言に繋がる場合もある。また、誤解のないように記載しておくと、家事育児は効率など複数の要因によって従事時間が変わってくるので、従事時間が長いことが必ずしも家事育児への貢献度が高いというわけではない。

大切なこと:集団から取得したデータには、多くの場合、ばらつきがある。自分の経験と統計学的な解析結果が一致しない時は、データに信憑性がないという可能性もあるけれど、自分が外れ値である可能性もある。

そもそも論として、信頼性が高いと期待されている省庁のデータであっても、学術論文であってもデータがきちんと取得され、処理されているかどうかは、生のデータをきちんと見てみないと分からない。けれど(通常)全ての情報に対して、元となる個々のデータをきちんと精査する時間や能力はない。
世の中に溢れる情報は、そんな感じで色々な意味でのノイズを含んでいるので、過度に信じ過ぎることなく、参考程度にとどめておくつもりで読むことが大切なのだと思う。

 

最後に。

個人的に最も大切だと思っていること:自分がカテゴライズされる集団において、自分がどのような立ち位置であるか(自分の評価がどのような数値であるか)は、参考にはなるけれど、幸せや不幸せの根拠にはならない。