働く母のすすめ

You are stronger than you think.

私が夫に求めること

共働きをしていると、家庭内が殺伐とすることがある。息子が体調を崩した時には、どちらが仕事を休むのかピリピリしたりするし、どちらかが仕事を辞めればいいじゃん論争になったりしたこともある。

 

夫婦で色々ぶつけ合っているうちに、気がつくと息子が小学生になっていて、目や手を離せる時間が増えてきた。いつの間にか、親の役割も、生活に必要な食事や排泄など身の回りのケアをすることから、社会性や教養を身につけるための橋渡し役にシフトしている。

 

そんな中で、私が夫に求めることは、やはり父親として、夫として、家族に向き合ってほしいということだ。

 

ワークライフバランスというのは本当に難しい。産後しばらくは、仕事を何とか元のペースに近い形に持っていくこと、つまりは仕事をする時間を増やすことがワークとライフのバランスをとることだったけれど、段々とペースが戻るにつれ、(うすうす頭では分かっていたけれど)子どもを持つ前ほど時間が取れないことをきちんと理解し、割り切る必要があることに気づいた。体力も落ちていて、昔みたいに睡眠時間を削って帳尻合わせをすると、後のパフォーマンスが著しく落ちることを思い知った。仕事の質もマネジメントにシフトしつつあり、自分自身がプレイヤーとしてやりたいことに割く時間は減っている。マネジメントもおもしろいのだけど、個人的にはプレイヤーでいられる時間を大切にしたいという気持ちが強いため、仕事にフラストレーションを抱えることも増えた。使える時間を増やすための努力と、その結果として得られる時間の労力対効果を考えると、ワークとライフのバランスを取るためには、今は使える時間を増やすことよりも、限られた少ない時間をどう上手く使うかが重要だと痛感している。文字にすると当たり前なことだし、昔からそれなりに時間の有効活用を意識してきたつもりでいたけれど、結婚前、出産前は、前提としている「時間」の総量が圧倒的に多く、今にして思えば、贅沢に時間を使っていたと思う。万が一、あの頃の自分に時間の使い方を助言出来たとしても、多分、こうして実際に使える時間が減らなければ、今ほど効率化を突き詰めることは出来なかっただろうと思う。人生ってそんなもんだと思うし、少し脱線すると、時間の効率化の大切さを知ったからこそ、息子には子どものうちに、思う存分、時間を贅沢に、無駄に、非効率的に浪費してほしいと思ったりもする。

 

我が家の場合、夫は精神面の事情で、私は出産を理由に、一時的に仕事を休んだり、ペースダウンする経験をしている。それは同時に、どちらも相手が休んでいる間、毎日残業して仕事に注力するという時間を持つことが出来たということを意味している。そして、今は息子のお迎えに行く日と残業する日がちょうど半分ずつになるよう調整しているところだ。こうして、お互いに色々なペースで仕事と家事育児をやってみる機会をもつと、すごく勉強になる。時間を効率よく使うよう努力するようになるのはもちろん、相手の捻出した時間を尊重しようという気持ちも生じてくる(もちろん、きれいごとばかりではないので、今でもぶつかることはある)。それから、自分が残業出来る日に、全力で残業して仕事に打ち込むと、頭ががっちり仕事モードになってしまい、家庭を顧みる気持ちの余裕がなくなること、家庭モードに気持ちを切り替えることが難しいことを体感できる。このペースで毎日仕事を続けながら、家族に気持ちを向け続けるのは困難だと感じる。そうか。かつて、仕事で毎日午前様だった夫に、いくら「家族に向き合ってほしい」と伝えても伝わらなかったのは、この感覚が原因かと納得した。正直なところ、もっと仕事の時間がほしい!と切望しているけど、多分これ以上、仕事時間を増やして、結婚前や出産前まで戻したとしても、仕事上の達成感を得られたとしても、その分、得られなくなるであろう関係性があることを知った。あと数年で息子は、家族よりも友だちやパートナーといる時間を優先するようになるだろう。10年もすれば、息子を囲む家族という形は、息子の進学または就職でなくなってしまうだろう。そうやって、子育ての時間は、あっというまに終わってしまうのだろう。

 

仕事を成し遂げて不特定多数の人に幸せをもたらせることが出来れば、それは本当に素晴らしいことだと思う。けれど一方で、家族として、個人そのものの清も濁も丸ごと認め合える唯一無二のチームとして過ごす時間を大切にするために、お互いに家族と向かい合う時間と余裕を持つために、これからも、仕事の時間を夫婦で調整していきたいと、最近はそう思っている。