働く母のすすめ

You are stronger than you think.

完璧な親なんていない。

連投したブログ「ヒトは記憶で繋がってる」の中でも少し触れたけれど、私の父は自分の果たせなかった何かを娘に託し過ぎている部分があって、若い頃はそれが少し煩わしく感じることもあった。意を決して「お父さんには、本当に感謝しているけれど、これは私の人生だから。」というような話を伝えたわけだけれど、思い起こせば、私は、小学2-3年生くらいの時には既に(恐らく無意識的に)両親のそうしたよくないと思われる行動に対して、防御をしていたように思う。例えば、両親がケンカや口論の際、私に父と母のどちらの味方するかなどと聞いてくることがあったら「私はどちらの味方もしない。両親の仲がよいと子どもは心が安定した子に育つという話があるので、仲よくする方法を考えてほしい。」と答えたし「子どもを介した話以外にも、夫婦でお出かけするなど、子どもを抜きにした夫婦の関係を大切にしてほしい」という話をしたりしていた。

客観的に文章として書くと、なんだかtoxic parentsとアダルトチルドレン的な関係のように見えなくもないけれど、多かれ少なかれ、家族の中にはこうした、一見不健全に見える関係は存在しているのではないかと思う。

なぜならば、子どもは確実に未熟(生物として成長過程にある)だし、完璧な親なんていないからだ。

自分が親になって、ますますそう思う。息子にとって、1日24時間365日、完璧な親でいることなんて不可能だし「私の今の挙動って、捉えようによってはtoxicかもしれないなあ」などと反省することもある。そもそも「完璧な親」の定義だってよくわからない。それは一体、誰にとっての「完璧」なんだろうか?


私は、息子にとって完璧な親になりたいとも、なければならないとも思ってはいない。
もちろん積極的に息子の害となるような行動をとるつもりは皆無だけれど、どんなに努力したって息子にnegativeな影響を与える出来事は発生するし、圧倒的に成長度が異なる完璧ではないヒト同士が、密な関係性を持つ家族という集団の中で、不健康な関係が生じない理由を思いつかない。けれど、それをできるだけ健全な関係に近づけるためには、親が親としてやるべきことをやろうとする努力だけでなく、子どもが成長に伴い、親が完璧ではないということを許容するという過程が必要で、双方の努力があって初めて、そうした関係が成立するのではないかと思う。私は親として頑張ってるから、あとは息子が頑張ればいい、という話ではなく、私自身が親として努力する一方で、自分自身の両親が、完璧ではないけれど、彼らなりに努力してきたことを理解するということだ。

自分自身が完璧な親であろうとすること自体、完璧でなかった自分の親から解放されていないということを意味していて、だからまずは、自分の親を許容することで、自分自身が完璧な親でないことを赦す必要があるのではないかと思っている。世の中には容易く許容できない親もいるとは思うので、全ての人がそうすべきだとは決して思わないけれど、家族の中で脈々と受け継がれてきた負の連鎖を断ち切るというのは、そういうことだと思っている。