働く母のすすめ

You are stronger than you think.

夫婦関係を考える。その1

先日、離婚に向けて準備を始めたという知人女性を囲んで話をする機会があった。個人的なことなので、詳細は省くけれど、要約するとストレスに弱い相手との不安定な生活を終わりにする決断をしたということだった。

 

細かい部分は、異なっているけど、概ね我が家と似たような感じだったので、知人の気持ちはかなり共感出来る部分があると感じた。夫婦はお互いに頼ったり頼られたりする部分があることで、お互いに感謝が生まれ、バランスも取れるように思う。けれど、一方が疾患などで自律して自立することが出来なくなると、他方が生活の全てを背負いながら、相手のケアをする必要が出てくる。メンタル系の疾患の場合は、基本的に"寛解"という言葉が使われるように、症状を繰り返すこともあるため、長期戦になりがちな上、生活リズム、摂生など、大人であるはずのパートナーに、生活の基礎中の基礎となることを細かくケアし続けなけばならない。子育てをしていると尚更「何故、大人に対して、こんなことまでケアしなきゃいけないんだろう?」ということに疑問が生じやすいのだけれど、そうしたタイミングで、パートナーの親(高確率でtoxic)が出てきて、不要な一言を吐いたりした日には「じゃあ、あなた方が育て直されたらいかがですか?」と離婚へ向かうことになる。

実際のところ、私も何度か匙を投げようと思ったことはあるけれど、我が家は(今のところ)そうした選択には至っていない。私の性質や専門性から、こうした状況を客観的に見ることができる/見てしまうため、毎回、握った匙を元の棚におさめてしまうのだ。"客観的"であることは、必ずしも優れたことではなく、時には主観的であることも大切で、どちらかに偏りすぎていてもダメなのだと思う。

 

知人を囲んで話をしている時に、別の知人が不思議そうな顔で、ストレスを取り除いて"寛解"の状況が続けば、相手は元通りになるわけだから、離婚しなくてよくない?というようなことを言った。私自身、夫の状態の改善/悪化に心身ともに振り回される中で、"寛解"はあくまで"寛解"であることを痛感しているので、そういうことじゃないんだよと思いつつ、ふと、じゃあ、もう絶対に悪化しないと仮定して、薬のコントロールが上手くいって、前向きに仕事をして家族のことを考えてくれる今の状態の夫を、私はどう思っているんだろう?とハタと立ち止まった。

 

つづく