働く母のすすめ

You are stronger than you think.

罪の大小。その1

少し前の話。夫が2年以上通院していた病院とトラブルになった。事の発端は、病院のコメディカルの方が医療従事者として問題のある行動を取ったことだった。個人情報を不適切に取り扱ったり、医師の指示にないことを独断でやった上でさらに隠蔽しようと画策したりしていて、文字で記載すると何それあかんやつやん!って印象になるし、実際、違法な行為なんだけど、私が指摘するまで患者本人である夫は、そうしたコメディカルの方の行為をそこまで深刻には捉えていなかった。行為そのものは違法でも、夫に負の影響が(まだ)及んではいなかったからだ。明らかによくないことだし、いずれ負の影響が出ることも想定されたので病院側に報告したら、院長の対応はひどいもので、一切の謝罪もないどころか夫を責めるような発言をした後、大量の薬を処方して、一方的にもう通院しなくてよいと言い放った。夫の状態は、すこぶる不安定になり、私自身も久しぶりによくない状態に陥った。

 

病院側をとことん追及することも考えた。けれども、公的な窓口や法律の専門家に簡単に話を聞いたりして、追及に必要な労力に対して自分たちが得られるものを考えた時、”正面から”追及を続けることに意味を見出せなかった。問題となった出来事を夫婦間で言葉にして何度も確認するのは、傷口に塩を塗り込む以上に辛い作業で、夫婦共通の最優先事項は、自分たちの正しさを貫くことでも、相手にダメージを与えることでも、こちらの苦痛を分かってもらうことでもなく、夫の状態を回復させることで、家庭内で2次被害を生むのは本末転倒だと思った。

 

 

世の中で違法とされている行為、罪には大小があると感じてしまうことがある。その行為によって、肉体的に顕著な傷を負った場合の方が、精神的な傷を負った場合よりも”大事”として取り扱われているように思えてしまう。肉体的な傷の方が、第三者から見ても立証が容易だし、肉体的な傷は、大抵精神的な傷も伴うし、罪の大小というよりは有限な公的リソースを有効に使って解決しようとした結果、優先順位がついてしまうだけなのだと思う。けれど理屈はどうあれ、法的にも個人的にも処理されることがない傷を抱えたままの人がいる一方で、傷を与えた本人は、そのことにも思い至らず、それほど大きなペナルティーを負うことなく生きていたりもする。

 

話題になっているハラスメントしかり。世の中、こうした表に出ない罪によって苦しんでいる人は意外と多いのではないかと思い、最近はそんなことを色々考えている。

 

つづく

 

 

追記: 私は善人ではないので、今回の件は、法的に追及をしないと決めただけで、何もしないわけではないし、証拠もきちんと保管済みです。