働く母のすすめ

You are stronger than you think.

最近考えていること。その2

 

最近考えていること。その1 - 働く母のすすめ


夫が両親に感じている怒りを始めとした負の感情が、正当な感情であると肯定できるようになったことは夫にとって間違いなく大きな前進だったと思う。けれどそれはゴールとはならなかった。負の感情を目の当たりにした夫の母は「体調が悪い」と自ら夫に会いに来ることはなかった。これはいつものパターンで、結婚して10数年経つけれど、夫の両親が私たちの家に自発的に遊びに来たことは2回しかなかったし、大抵不都合なことがあると、体調不良を訴えて「私だって大変」と主張する(そして夫の姉妹にそうした愚痴を聞かせ続けていた典型的なtoxic parentなのだ)。同じく怒りをぶつけられた夫の父は、夫に会いに来た後(3回目!)「お寺で厄除けしてきました」とお札を送ってきた。夫が転職した時も、夫の父は私が厄年だったことを知り、そのことに理由を見出して納得している様子だったのだけれど、そうやっていつも自分や家族の問題の原因を他に転嫁することで、目を背けて生き続けてきたのだと思う。
端的にまとめれば、これまで通り、夫の気持ちは誰にも受け取ってもらえなかった。という結果だ。父親は、神仏頼みで自分自身を省みるという発想を持たないし、母親は「私の方が大変!」と聞く耳すら持たない。夫の話を聞く限り、長い間、ずっとそういう関係性だったのだと推察される。

暴力等による身体的なダメージはなかったのだけれど、つらい環境だったと思う。その他にもこうしたエピソードは枚挙にいとまがない。結婚後、こうした夫の両親の様子を見てきた私も、正直、彼らに正の感情を抱けはしない。けれど、彼らに責任があるかと言えば、そうは思っていない。夫の両親だって好き好んで今の状態にあるわけではなくて、幼少期を含む様々な環境や、もしかしたら遺伝的な素因によって、そうなっているかもしれないと思っている。

 

人はどこまで責任を負わなければならないのか。いつも考えている。自分が親から受け継いだ遺伝子が原因で何らかの疾患を発症したら、それは親の責任だろうか?親だって(突然変異の場合もあるけれど)、その親からその遺伝子を引き継いだという意味では自分と同じ立場だ。その疾患が単一遺伝子疾患であれば、親は子に疾患が遺伝する可能性を知っていたかもしれないけれど、そうしたら親に責任が生じるだろうか?多因子疾患であれば、遺伝子はあくまで疾患発症のリスクのひとつでしかないし、そもそもそうした遺伝変異を保有しているかどうかを調べることは、今のところはメジャーではないので、知らない人が大多数だと思う。けれどそうしたリスクを保有している可能性がある時点で、責任を負うのだろうか。分かりやすい例えとして、疾患の遺伝について記載したけれど、性格も能力も外見も全ての形質は、多かれ少なかれ親から受け継いだ遺伝子の影響を受けるわけで、ならば、そもそも子にまつわる全てのことは、親が責任を負うのだろうか?子は親を選べないと言うけれど、遺伝の観点からみた場合、親が選択したことがあるとすれば、子を持つと決めたことくらいで、二本の染色体のうちどちらのどの部分を生殖細胞に受け継ぐかも、どの染色体が乗った精子/卵子を受精させるかも決めてない。もちろん、親自身の形質も自分で決めたものではない。

 

環境も同じで。親から与えられてる環境が恵まれたものではない場合、それは誰の責任だろう?努力をすれば、努力をしないよりもそれに見合った環境が得られる可能性は高いならば、親が怠慢だったせいだろうか?親自身もその親から恵まれた環境を与えられなかったため、そうした負の連鎖から抜け出すのが困難であったかもしれない。努力したくても、本人は気がつけない身体的または精神的な疾患の影響で、思うように成果が残せなかったかもしれない。与えられた者、何かを持ち得た者は、本当に自分だけの努力と能力だけで、今の位置にいるのだろうか?

 

遺伝子も環境も、はたして、どれだけコントローラブルなのだろうか?

 

続く。