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働く母のすすめ

You are stronger than you think.

君の行く道は、果てしなく遠い。

先日、息子の習い事の進路説明会に行ってきた。

年中の春から始めた息子の習い事は、来年から小学生になるのを機に、コース分けをすることになるようで、それぞれのコースについての説明を受けてきた。

端的にいうと、今後どれくらい習い事にチカラを入れて取り組むのか決めてくださいという話で、比較的ゆっくりしたペースで身に付けるコースから、将来これで飯食うぜ!的なことが視野に入るようなハイスピードがっつりコースまであるけれど、さあ、どうする?と言われたわけであります。ハイスピードがっつりコースに入るためには試験があるらしく、事前に行われた個人面談で、先生から、息子はその基準をクリア出来るであろうと言われていて、そうなれば親としては、そのコースへ入ることを検討せねばと思うわけであります。

息子の習い事は、おうちでも日々の練習が必要なタイプのものなのだけど、毎日朝8時から19時までみっちり保育園な我が家では、今でも正直カツカツなところがある。ハイスピードがっつりコースでは、レッスンの回数も増えるし、それ即ち、家での練習量を増やす必要もある。説明会に来られた先生方も、暗に親の負担がそれなりに大きいという意味の発言をされていたし、上のお子さんをお持ちの保護者の方々が、そんな内容の噂話をしているのも、チラホラと聞こえてきた。

習い事って何だっけ?
私と似たような世代で似たような田舎育ちの先輩ママが、私たちが子どもの頃は、習い事は嗜むくらいのレベルで気軽にやっていた気がするけれど、近頃は、習い事も全力投球を求められる気がすると言っていて、私のもやもやのひとつが言語化された気がした。息子の通う教室はいわゆる文教地区にあるため、親も色々と気合いが入っているし、地域性もあるのかもしれないけれど、息子の通う保育園では、年長ならば2-3個習い事を掛けもちしているのは普通だったりもする。休日出勤の多い母親が、ともすれば家で一日中ダラダラ過ごしがちな父子の活動性を上げるために、家から近い習い事を探してみました。みたいな理由から習い事を始めた我が家とは、そもそもが違うので困惑することがあるけれど、自分たちのペースと理由を見失いたくないと思っている。

そんなイマイチ気合の足りないはじめの一歩ではあったけれど、習い事を始めてよかったと思うこともたくさんある。プライドと不安が高くて、出来ないことはやらない主義な息子に、出来ないことでも頑張ってコツコツやれば、出来るようになることを伝えるには、ちょうどよい機会になったと思う。息子の場合、親は基本的に褒めることしかしていないのだけれど、出来ないことが悔しくて泣いてしまうので(親が意図的に褒めていることもわかっているから尚更泣けてしまう...)、そんな様子を見ると、ここまでやる必要ってあるんかなと迷う日も多々ある。けれど、親もちょっと気合をいれて、というかむしろ親が気合をいれて、毎日練習をやることが自然な流れになるように仕向けてみたら、練習する(腰重め)→出来るようになる→嬉しい/楽しい→練習する(少し腰が軽くなる)→(続く)みたいなループが出来つつあり、なるほどなー。と思う。
習い事を始める前は、習い事そのもののスキルの習得について重きを置いていたのだけれど、今は、それに付随する種々の体験が息子にとってよい経験になっているように思えていて、そうか習い事ってそういうことかと思ったりしている。


それと同時に、親が子どもを親の思う方向に仕向けようというチカラが、少なくとも現時点においては、子ども自身の能力とか意志とかも簡単に無視してしまえるくらいに大きいように感じて、息子の進路を選択してしまえることに怖さを感じはじめている。親の責任。

難しいコースに入れるから入るとか、難関校に入れるから入るとか、他者の決めた評価基準のみを判断材料として決めてしまうことなく、しっかりと選び取りたいと思う。


幼児期の終わりを目の前に、少しずつ意志を持ち始めた息子に対して、責任の重さをひしひしと感じつつ。いつの日も希望へと続き得るその道を、いつか自力で歩み始める息子を思いながら。