働く母のすすめ

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高等教育第一世代(教育費って、何だ。番外編)

教育費って、何だ。 - 働く母のすすめ

続・教育費って、何だ。 - 働く母のすすめ

上のブログにて、初等教育(小学校)や中等教育(中学校、高等学校)にかかる教育費の話を書いてきたのだけれど。高等教育(専門学校、高専、大学など)の話になると、国公私立という区分以外にも文系理系の違い、専門性等によってかかる教育費が千差万別なので、統計データを使って何かいうのは難しくなってくるように思う。けれども、高等教育を受けるとなると、少なくとも中等教育よりもまとまった出費を要することが多くなるのは間違いないと思う。

こうなってくると、お金の問題だけではなく、「大学に進学する意味」みたいな価値観の話を無視するわけにはいかなくなる。支払った金銭的、時間的労力に対して得られる”モノ”にどれだけの価値を見出すことができるか。教育費を払う側も、教育を受ける側も、そうした価値について一度は考えるのではないかと思う。

私がそうした価値観に関して考えるとき、いつも思うのは、自分自身が"高等教育第一世代"であるということ。専門外なのであまり詳しくはないけれど、教育(特に高等教育)の分野にて、親が中等教育で終了したけれど、子どもが高等教育を受けているような場合、そうした子どものことを"高等教育第一世代"と呼ぶそうだ。

私の場合、田舎で育ったということもあり、高校生くらいまで同級生のご両親のほとんどが中等教育を終了後に就職しているというような環境で育った。大学を卒業している人というのは、医療関係等の専門職の人とか、出世コースの一環として、短期間、地方の部署の管理職として働くためにやってきた人くらいだったのではないかと思う。(そして、大抵自分より若い大卒管理職の下で働く父から「大卒は、現場のことを何もわかってない。」とか、「オマエ(=私)は、大学くらいは卒業しておけよ。」という一見ambivalentな愚痴を聞かせれて育ったのが私なわけだけれども、それはまた別の機会に。)けれども、大学、大学院と進学するにつれ、ご両親(特に父親)が高等教育を受けているという同級生の数が、どんどんと増えていき、同じ日本の中の出来事にも関わらず、ちょっとしたカルチャーショックを受けた。

それまでは、親の学歴と子どもの学歴に正の相関があるという話を聞いても、そうしたご家庭は経済的に恵まれている(可能性が高い)からだろうと思っていたのだけれど、そうした高等教育第二世代以降の同級生と接していて強く感じたのは、親から与えられる情報の質が全く異なっているということだった。例えば、私は大学を選ぶ場合、偏差値や学費の他、高校の進路指導室の本棚だとか本屋などで得られるpublicな情報くらいしか参考にすることができなかったけれども、高等教育第二世代以降の同級生は、親から元・大学生の"生の声"を聞くことができる。実際に「△△について学びたいならば、×◯大学ではなく、△◯大学の方が、興味にあっているんじゃないか?」といった親からの助言を参考に、大学を選んでいた同級生もいて、私はただ驚くしかなかった。


そんなこんなを思い出したりしていたところ。
面白いグラフを見つけたので、ブログに留めておこうと思う。

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内閣府のページより引用。
タイトルの通り、18歳人口と高等教育機関への進学率等の推移。
横軸は、元号表記の年度。
(グラフにはちゃんと単位または軸ラベルを書きましょう。)

このグラフ、おもしろいから何時間でも眺めていられると思った理由は、自分の実体験に即していると感じたから。

1. 自分の両親が18歳だった昭和30年代後半から40年前半
2. 自分が18歳だった平成一桁代
3. 息子が18歳になる平成40年
の3つの世代にfocusしてグラフを見てみると。

・両親の世代では、高等教育機関への進学率は、1-2割程度で確かにそれほど多くない。
・自分の世代では、高等教育機関への進学率は、5割強から7割くらいに増加。
・現在は8割程度が進学する。このまま高等教育機関の受入れ人数が変わらなければ、息子の世代では進学率は9割程度になる予想。(建物も教員もいるので受入れ人数が激減するとは思えない)
などなど、興味深いことがたくさん見えてくる。

親が自分の経験に基づいてイメージする学歴の重要度や、高等教育を受けるということに関する価値観というのは、子どもの世代とは全くことなる。例えば、自分の世代では2-3割だった大卒が、息子の世代では6-7割になっていると予想されるけど、そうした世代が「大学に進学する意味」というのは、どういうものになるのだろう。

自分自身が、博士課程まで進学し、高等教育を満喫したということもあるけれど、息子には高等教育機関への進学に拘りすぎることなく、けれどもそうした教育機関をうまく利用していってほしいと思っている。

とかいう考えの親のもとで育つ息子は、まさに高等教育第二世代。
自分の生まれ育った環境に文句はない(つけても仕方がない)けれど、なんだかちょっと羨ましくもある今日この頃。