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働く母のすすめ

You are stronger than you think.

愛すべきおたくに育てられた小娘の話

突然、上司から会議に出席してくるようにと言われた。

会議の開かれる場所も議題も出席者も、やんごとない雰囲気を漂わせていたので、普段はボサボサのパッサパサで生活している理系母ちゃんも、さすがにちゃんとした格好をして、ピリリとした緊張を抱えて会議に向かった。

到着してからも、既に顔見知りらしく打ち解けた感じで会話する出席者の中で、1人でポツリと座り「寂しいわけじゃないんです、ええ。ただ忙しいんですよね、私。」的な雰囲気でMac Bookのキーボードを叩いて時間を潰していたのだけど。会議の開始時間ギリギリに、ドアを開け、誰も聞いていないのに「ドォモドォモ、いやあ。ボクが最後なのかなデュフフww」みたいなことを言いながら入ってきた人の顔を見た瞬間、私の緊張の糸はブチリ、と切れた。

そうやって入ってきた人は、学生時代にお世話になっていた研究室の先輩であり、愛すべきおたく、Kさんでした。

私は集団生活の中で集団に合わせた生活をすることが苦手で、高校生くらいまでは生きにくさを感じながら生きていたのですが。
キミ死にたまふことなかれ - 働く母のすすめ

今振り返ってみると、自分が自分のままでいることが楽しいと思えるようになったきっかけのひとつは、その研究室で出会ったおたくな先輩たちの影響も大きいのではないかと思っていたりいなかったりする。


私が彼らに出会った頃、それはエヴァンゲリオンでいうところのセカンドインパクトよりも前の話になるのだけれど、"おたく"は、今でいうところの⚪︎⚪︎ヲタのように、興味の対象が多様かつ細分化されてはいなかったように思う。彼らの興味の対象は、アニメ・SF・パソコンの三種の神器で。境界が曖昧なチェック模様のネルシャツをケミカルウォッシュのジーンズにinしてベルトにウエストポーチをつけ、どことなく曇った厚底メガネの奥にある目は、三種の神器について話す時以外には決してこちらを向くことはない。そんなイメージの人たちだった。
その少し前に起こった連続幼女誘拐殺人事件や、紙袋にマジックハンドのおたく評論家の登場などで、当時、世間的におたくの印象はあまりよいものではなかったと思う。けれど私の出会った先輩たちは、周囲の視線を気にすることなく、自分の好きなものを好きだと言える純粋さと、好きなものに没頭できる熱量を持っていて、それゆえに社会的には不器用な生き方をしている愛すべき人たちだった。当時、二十歳そこそこだった私の周りでは、洋服やお化粧などの外面をキラキラさせることに興味を抱く女の子がほとんどだった。最近、気に入っているブランドの服だとか、海外の音楽について語ってみたり、精一杯背伸びをして、他人と合わせることに息切れしていた中で、彼らの内面にある知識や興味を愛する気持ちこそがキラキラしているように感じた。

わからないことをわからないと言っても、嗤うことなく、その知識を提供してくれた。偉い人にも媚びることなく自分の意見を言い、若気の至りで尖った小娘に対しても、偉ぶることなく平等に接してくれた。スイッチが入った時のおたく話は、もうおなかいっぱいですごめんなさいとなることも多かったのだけれど、夕方に研究室に顔を出すと、タオルを捩り鉢巻きみたいに頭に巻いて、一升瓶片手にソファにあぐらをかき、私たち後輩を受け入れてくれた。

そこには、本当の自由があった、と。
仕事に疲れた時は特に、懐かしく心の中で反芻している。

十数年ぶりに会った先輩は、年を重ねてもある意味変わりなくそのままで。会議でも相変わらずのおたくっぷりを発揮して、意味のわからない日本語を列挙し捲し立て、周囲に苦笑いをさせるような存在だったのだけれど。途中で、私があの時の小娘であることを思い出したようにはっとした顔をした後、新入りで孤立無援な私の発言に対しても、必要以上に大きくうんうんと頷いてくれたりするあの日の優しさが垣間見えたりもして。

なんかまた初心に返って、あの時のように好きなこと好きだと言って、追究していける環境を整えていきたいと思った。

そんな先輩方に囲まれていた影響で、自作PCユーザーとなり、電器街のパーツ売り場でデュフデュフする女子に成長した理系母ちゃんのつぶやき。