働く母のすすめ

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ボロは着てても心は錦

1児の母として、結婚・子育てのコスパ論争に便乗してみる。

「結婚・子育てのメリット・デメリット」について、ブロガーたちの意見が寄せられています。シルバーウィークに「結婚」について考えてみませんか? - 週刊はてなブログ


私は、すごく偏った理系人間なので、コスパとかリスクとかリターンとか、経済用語(?)の正確な意味やそれぞれの違いはよくわからない。

けれど例えば。リビングに付ける照明を買う時などには、入念に下調べをしてコスパとやらを考える。単純にLED=電気代安いし最強‼︎みたいには考えていない。光が直線的に放たれるLEDと、散乱光な蛍光灯とでは、同じワット数(=同じ電気代)でも、人が感じる明るさは全然違う。夫とお酒を楽しめるオサレな部屋にしたいなら、間接照明にLEDを選ぶし、息子がリビングでテレビを見たり、いずれは勉強したりするかもしれないということを優先させるなら、やはり全体的を明るく照らす蛍光灯を選ぶ。とにかく安く済ませたい事情があれば、ろうそくや爪に火を灯すこともあるかもしれない。

じゃあ。結婚に対してコスパの話をする時、求めるパフォーマンスって何だろう?と考えてみる。夫の収入が多いことなのか、高学歴なことなのか、イケメンだのイクメンだのであることなのか。妻がバリキャリなことなのか、メシウマなことなのか、床上手なことなのか。

育児に対してコスパの話をする時はどうだろう?子どもが高収入を得られるようになることなのか、子どもがいい大学やいい会社に入ることなのか、他人に自慢できる息子/娘に育つことなのか。

個人の生活の中では。どういうパフォーマンスを「よい」/「悪い」と評価するかという基準自体は人それぞれで。どこまでコストをかけられるかも、個人の金銭感覚による。価格ドットコムやアノニマスな日記などで、見知らぬ誰かがコスパがよい/悪いとか言ったところで、自分が同じように感じるとは限らない。

仮に自分が、結婚や子育てにコスパがよかった!と評価していたとして、自分とは異なる1個人としての意志を持つ配偶者や子どもが、どう思っているかを評価の際に考慮しなくてもよいのだろうか?結婚も子育ても1人で出来るものではないのだから、自分基準のコスパのよし悪しだけで、結婚や子育てのコスパが決まるわけではないように思う。夫が高収入で妻は満足していても、夫はその仕事に対して、負荷が高いと感じているかもしれないし、子どもがよい大学に入って親は満足していても、子どもは他にやりたいことがあったかもしれない。他人の意志や行動は自分の思う通りにならないし、思う通りにするものでもない。何度も書くれど、配偶者にも子どもにも、個々の意志がある。他人の意志や思いを「パフォーマンス」という価値観で測ることが出来ると思っているとしたら、何だか傲慢で独りよがりな思想だなと感じる。

コストを支払ったことに対して、自分に対するパフォーマンスを求めることに重きを置いているのだとしたら、そこに幸せを見いだすのは困難なのではないかと思う。

自分が自分に相応なコストや労力を見極めて、それらを割くことで、相手に何か与えるためにパフォーマンス(実行)することが、結婚や子育てで大切なコスパなんじゃないかと思う。