働く母のすすめ

You are stronger than you think.

未来を生きる子どもを育てている

その昔。成果を出すには、技術の進歩も見越した上で、今何をすべきかを考えないといけない。と恩師が言った。

そう話してくれた恩師は、学生の頃、パソコンを使って取得したデータは紙テープに保存していたそうで。私が実験データをMOやらCDにほいほい保存しているのを見ながら、データが取り放題でいい時代になったなあ。と言っていた。

それから十数年。DVDやらHDDやら。データの保存方法は、どんどん変化してゆき。用途にもよるけれど、クラウドのサーバで恐ろしい容量のデータを恐ろしいスピードで処理してくれるサービスなんかもあったりして、個人で扱うデータ量が激増してきた。それゆえ「本当に自分がすべき仕事」を見極めて、それ以外はさくさくさくさく自分以外の専門家等にアウトソーシングしていかないと仕事が捗らなくなってきている。

そんな風に。仕事は基本的に未来の技術や社会を見据えながら進めていくのだけれど。同じように、未来を生きる子どもを育てているはずの育児では、往々にして自分の過去を振り返りながら選択をしていることがある。自分がやっていてよかったもの、やっておけばよかったものを子どもに与えようとしたり。

先日、夫と会話をしていて、おもろいなあと思ったのは、英語の早期教育の話。英文学や言語学を学ばせたいなどの目的ではなく、コミュニケーションを目的とするのであれば、そう遠くないうちに自動翻訳ツールが普通に使われるようになる可能性も考慮して、リソースを割く必要があるんじゃないかという考え方。

確かに。私たちの幼少期と息子のそれでは、生物学的には同じような構造だけれど、とりまく環境が大きく変わっている。もちろん親の与えている環境によっても違いはあるけれど、5歳な息子は、テレビもガラケーもスワイプしてしまうし、分からないことがあったら「母ちゃん、ipadで調べといて。」って言うし、欲しいものがあったら「母ちゃん、ネットで買っておいて。」って言うし、ひらがなを理解する近頃は自分でipadを使って、siriや検索サイトを使って情報検索したりするし、テレビ放送のことを「動画」って呼ぶし、テレビ番組も自分のタイミングで停止・再生できると思っている。いつの時代でも普遍的に教えておく必要があることももちろんあるけれど、変わってゆく世界を見ながら、息子に大切なものはなんなのかを教えてきたいと改めて思った。

子どもは、親の成し遂げられなかった何かを成し遂げるために生まれたわけではなく、彼自身の人生を生きるために成長している。