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働く母のすすめ

You are stronger than you think.

4歳の息子、4歳の私

先日のこと。おともだちの影響から、小さい虫なら触れるようになってきた息子が、ぎゅむっとアリを掴んで、誇らしげに「母ちゃん見て!」と差し出してきた。手加減を知らない4歳児に摘ままれたアリが、ぐわっと顎を開いてこちらを威嚇してきたのを見て、アリの顔をこんなにアップで見たのは何年ぶりだろう?と思い、そんな話を保育園の連絡ノートに書いたら「育児を通して、自分の幼少期を追体験することっておもしろいですよね。」みたいな話が返事に書かれていて、そうそう!そうなんですよ!と保護者のつまらない育児話にピンポイントで共感してくれた保育士さんにきゅんとした。

そんなこんなで。
私は息子に対して何かを思う時、いつも自分の幼少期を思い出しては反芻している。子どもの頃、大人は昔子どもだったクセに、どうして子どもの気持ちが分からないんだろう?私は絶対に子どもの気持ちが分かる大人になろう。と思っていたけれど、果たして私は息子の気持ちをどれくらい理解できているのだろうか。

息子のことをマイナー調の思考回路だとか、夫のことを破綻したコンデンサーだとか無茶苦茶なことを書いたけれど(七夕に願うこと - 働く母のすすめ)、私も似たようなウジウジした幼少期を送っていたように思う。

私が今の息子と同じ保育園の年中の頃は。大人から見ればほとんど大差のない年長クラスのお兄さんお姉さんが恐ろしく大人に見えていた。何気なく保育園の門扉の鍵を触っていたら「これ、年長クラスの子しか触ったらアカンのやで!」と言われ、その後一日中ビクビクして過ごしているような子どもだった。同じクラスの同性の子たちにも、なんやかんやとからかわれ、保育園に行くのが苦手だった。担任の先生は優しくて大好きだったけど、先生が休んだ日に変わりに来る主任保育士の先生は、すぐに怒るから怖くて大キライだった。同じクラスのかっちゃんが、ほっぺたに(今にして思えば)不自然な青アザを作って登園し、クラスメートに「気持ち悪い!」「そばに寄るとうつる!」とか言われていた時には、正義感とかそういうことよりも、純粋になぜ青アザがうつるのかが分からなくて、かっちゃんの隣りに座っていた。「オマエももう青アザや!」と言われて、驚いてかっちゃんの方を見てみたら、同じように私の方を見ていたかっちゃんが、ものすごくさみしそうな目をして笑っていたのが忘れられない。

息子は毎日、色んな話をしてくれる。ブロックで作った巨大な恐竜がもうすぐ完成しそうというワクワク。公園の裏山をみんなで探険してBB弾をたくさん見つけられたからまた行きたいという気持ち。給食当番のルールを守らないおともだちがいていけないと思ったこと。何もしてないのに何故か息子を叩いてくる年少クラスの男の子がイヤだという思い。

毎日溢れ出てくる彼の気持ちを、どこまでどう受け止めたらいいのだろう?大人になっても息子の心に残るほど心が揺れたエピソードは、一体どれなのだろう?大人はわかってくれないと思っていた子どもの私は、一体どうしてほしかったのだろう?

大人になった息子は、この今をどう記憶しているのだろう。

現在、過去、未来。いくつもの時間を行ったり来たりしながら、息子の思いを両手で救いあげようと思うのだけれど、うまくいっているのかいないのか、全く手応えが掴めないでいる。