働く母のすすめ

You are stronger than you think.

【成長観察記】4歳の息子の承認欲求

最近の息子的お気に入りキーワードの中に「強い」と「知ってる」という単語がある。

両方ともちょっとメンドくさい使い方をしていて「息子ちゃん、今日、◯◯だったの。強いでしょう?」とか「◯◯って、母ちゃん知ってる?息子ちゃん知ってるよ、すごいでしょう?」とか言ったりする。

「メンドくさい」と表現したのは、今はまだかわいいと好意的に受け取ってくれる人の方が多数派かもしれないけれど、そのうちこういう言動は自慢っぽいなどとnegativeに受け取られて反感を買いがちだから、そう遠くないうちに、その辺りのことをうまく伝えた方がいいのかなあ。と思ったり思わなかったりするからで。そんなことを考えていたら、先日息子の方から「ねえ、母ちゃん。『知ってる』ってあんまり言わない方がいいの?」と聞いてきたので、あー、やっぱり誰かに指摘されてるんだなあと思った。
他に意味を持ち得ない圧倒的に汚い言葉を使った場合には「それはあまり美しい言葉ではないし、聞いた人が嫌な気持ちがするから使わないよ」というような話をしていることもあり、息子はこうして言葉の用法や意味について、私に尋ねてくることがある。なので、渡りに船かと思い試しに、「知ってる」を使ってよいかについてはケースバイケースであることを伝えた上で、あんまり言わない方がよい例として以前に息子が実際に言った話を挙げて「『ダンゴムシは腐った葉っぱを食べるんだよ。◯ちゃん知ってる?息子ちゃんは知ってるよ。すごいでしょう?』みたいな使い方はあまり好ましくないと思うよ」というようなことを言ってみたら「息子ちゃんが、そうやって(『知ってる』って)言ったら、もうダンゴムシは葉っぱを食べられなくなっちゃうから?」と聞かれたので、時期尚早だったなと思って一人で笑った。


大人びたことをいう時もあるけれど、まだまだ子供な4歳児なり。


それにしても。子育てをしていると、こういうエヴァのアスカ的な「だから私を見て!」な気持ちの表現にしばしば出会うことがあるのだけれど。こういう感情って、そもそもヒトが持っているものor自然発生的に湧き出てくるものなのだろうか。それとも「息子ちゃんは、◯◯だったの〜。強いね〜。」とか「息子ちゃん、◯◯のこと知ってるの?すごいね〜。」とかいう褒める育児の影響なんだろうか。卵が先か鶏が先か的に堂々巡りしている感があるけれども、理由はともかく「母ちゃん、目ん玉ひんむいて見つめてまっせ!」という思いを伝えるべく、今日も全力で息子をハグする毎日。powered by キモ母