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働く母のすすめ

You are stronger than you think.

いつかの息子に思いを馳せる春

私が生まれ育った町は、これといった特徴のない田舎町で。「47都道府県、全部言ってみて。」と言われたら、かなりの高確率ですっ飛ばされて「あれ?他にどこがあったっけ?」と思い出してもらえない県に属しています。

そんな田舎町で育った子どもの頃の私にとっては。ピーコのファッションチェックに出てくるような、Tシャツ1枚ウン万円もするブランド服に身を包んでいる母娘だとか、夏休みにハチマキを締めて夏期講習に通う小学生だとかは、完全にテレビの中の出来事で。近所のスーパーの2階に売っている謎の英単語が羅列された服を着て、祖父母の実家の裏山を駆け回っていた私にとっては、それらの世界は同じブラウン管に映し出されるドラマやアニメと同じくらいにリアリティのないものだった。

父も母も。私の出身地であるその町で生まれ育ち、高校を卒業した後、町の中にある会社に就職をし、70年近い人生のほとんどを町の中で過ごしている。お見合い結婚だった両親は、性格も興味も全く一致するところのない夫婦なのだけれど、唯一の共通点は、娘を大学に進学させたいという思いをもっていることだった。けれど彼らにとって、大学も町の外の世界も未知の領域で。大学に進学させるためには何が必要なのかも、大学に進学するとはどういうことなのかも、町の外の世界で何ができるのかも、教えることはできなかった。なので私は、勉強することの意味も大切さも方法もよくわからないまま、塾に通うこともなく、ただひたすら学校で授業を受けて宿題をこなすということしかしてこなかった。そして手探りのまま、大学に進学し、結局博士号を取得するまで在籍することになった。

進学から就職へとステージが進むにつれ。同級生や先輩後輩、同僚の育ってきた環境にカルチャーショックを受ける頻度が高くなってきた。彼ら/彼女らは、私が祖母の家の裏山で黄色い花のついた水仙を振り回しながら鼻歌まじりに散歩して、秘密基地に宝物と称したガラクタを集めていた頃に、ブラウン管の中でハチマキを巻いていたあの小学生たちだった。進学先の都会で「もんげービルがたくさん建ってるズラ〜」と口を開けて見上げている私の横で、1枚ウン万円のTシャツを着て颯爽と歩いていた。彼ら/彼女らの父親はもちろん、曽祖父の代から、官僚だったり医師だったり大学教授だったりする家庭で育っていたりもして、きっと子どもの頃の私が知り得なかった勉強することの意味も大切さも方法も、当然のように与えられてきたのではないかと思う。育ってきた環境が違うということは、夏がダメだとか、セロリが好きだとか、そんな些細なことではないpriorityが与えられているということだった。

彼ら/彼女らに与えられてきた環境やそれにより獲得した能力に対して、羨望の気持ちがないといえば嘘になる。けれど、父や母よりも、少しは彼ら/彼女らに近い環境を息子に与えられるようになった今、私は息子にハチマキを巻いて勉強をしてほしいとは思っていない。どんな環境にいてどんな毎日を過ごそうとも。キミの目で見てキミが感じた世界というのは、この世で1つしかなくて。それがきっとキミが生きていく上での強みになると、母ちゃんは信じて生きてきたから。