働く母のすすめ

You are stronger than you think.

華麗に加齢は程遠く

昔、働いていた職場の上司は、若かりし頃、例えば終電の時間が近づいているのを見計らって、突然「ミーティングをやろう」と集合をかけたりするような長時間労働してアタリマエ思想のかなりエグい人だったらしい。「らしい」というのはそれが伝聞であり、私がその職場にいた頃、その上司は「もう体力が続かないんだよね。」と言いながら21時くらいには帰宅する生活を送っていた。そして職場を出る前に、ほとんど空っぽになった職場でぽつんと座って仕事をしていた私のところにフラリと立ち寄って、話をすることがよくあった。上司自身が何かに追われている時には、私にも「成果を出さないと」などと説教モードになっていくのでアレだったのだけれど、大抵は仕事とは関係のない本や映画やお酒の話だったように思う。

ある時、いつものように仕事をしていると、帰り支度を終えた上司が「毎日毎日、遅くまで働いているけどよく続くねえ。」と笑いながらやってきた。「走るしかないですから。」そう答えると、空いていた隣りの同僚の席にどかりと座った上司が、ふと真面目な顔で言った。「でもさー。走り続けられなくなったら、どうすんの?」当時アラサーだった私には、走り続けられなくなることが想像できなくて、そういう意味のことを答えたら、上司は少し寂しそうな顔をした後、喉のあたりで行きつ戻りつしていた言葉の塊をぐいっと飲み込んで笑った。

それ以来、私はその「走り続けられなくなったら、どうすんの?」という言葉を時々思い出し、走り続けられる自分を確認しながらやってきたのだけれど、最近、突如目の前に「走り続けられなくなるかもしれない」という予感のような不安のような黒い塊が、どすりと落ちてきたように感じている。以前より年齢やポジション由来の障害物が増えたので、純粋に走ることだけを楽しめなくなっていたり、走り続けるためにこれまで以上の体力やテクニックを要するようになってきた。そして、アラフォーとなった私には、それらを補うだけの気力と体力を維持することだけで精一杯に感じる。そういや、学生時代の指導教官が「体力が落ちてきたから最近ランニングを始めたんだ」と言っていたのも、ちょうど今の私と同じ年齢の頃だったのを思い出した。

子ども頃、父の晩酌のために、毎日ビール瓶を3本買いに行くのが私の仕事だった。子どもの目から見ても、父がお酒で何かを誤魔化しているのは明らかで。そんな父を見て育った私は、滅多なことでは二日酔いにはならないほどアルコールの代謝能力が高い体質なのだけれど、今までは機会飲酒タイプとして生活してきた。けれど最近少し。晩酌をし続けていた父の気持ちもわかるような気がしている。そういや、私が毎日ビール瓶を運んでいた頃の父の年齢もまた今の私と丁度同じくらいだった。

などと。昔のことばかり思い出してしまう。そんな日もある。