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働く母のすすめ

You are stronger than you think.

君は何を今、見つめているの

息子の保育園では、保育士を目指す学生さんの保育実習だけでなく、近隣の中学校の職業体験なども積極的に受け入れている。通常通りに保育を行うためには、あまり多くの学生を受け入れることはできなさそうので、おそらく希望した学生(の一部)が来ているのだろうと思うけれど、多感な中学生時代に積極的に手を挙げて、保育園に職業体験に行ってみようと行動に移せるって偉いなあと思う。自分の暗黒中学生時代を振り返るとなおさら。

そういえば、10年位前に13歳のハローワークという本が流行って、こういうサイト(13歳のハローワーク 公式サイト - 中高生、大学生へ未来へのヒントを!)が立ち上がったのを思い出した。個人的には、息子にも勉強や学校の成績にフォーカスするのではなく、その先にある生き方(≒仕事。=ではないと思う)を見据えて進んでいってほしいなあと思っているのだけれど、それと同時に「自分に合っていること」「自分のやりたいこと」の答えを見つけることに拘ってほしくはないと思ったりもする。


私の職場でも、しばしば学生を受け入れる機会がある。
職場訪問をして積極的に何かを探そうとする行動力はすばらしいなあと思う反面、時々、自ら何かを経験する前に、答えを聞き出そうとしているんじゃないかと思わせる質問をする学生に遭遇することがあって残念に思ったりしている。
例えば、私の職場で行っているAの方法と、他の職場で行われているBの方法ではどちらの方が、早く確からしい結果が得られるのですか?というような質問は、そうした残念に感じる質問のうちの一つ。どちらの方法にも一長一短があるし、それぞれに相補性があるので職場ごとに異なる方法を取り入れていることはむしろ業界全体に多様性を持たせる意味でメリットがあったりするし、一概に良し悪しを決められることでもない。質問の意図がこうした私たちの業界の仕事自体への興味にある場合は、何も問題はないのだけれど、質問をした学生の全体的な言動から推測されるに「僕/私はどちらの職場を選択するべきだと思いますか?」という答えを求めているのかなと感じられることがあって、そういう時にはとても残念に思う。それは人に聞いて答えを得るものではないし、そもそも何をするかが大事なのではなくて、今いる場所や経験から得られたものから何を出せるかが大事なんじゃないのかなあとかいう老婆心をオブラートでぐるぐる巻きにして提示すると、今度はそれをメモし始めたりするので手に負えない。熱心にメモを取っているようでも、メモしているタイミングで何をメモしたかはわかるので、仕事内容に興味を示してメモをしたのか、答えを探しに来たのかは簡単に見えたりする。そして「ありがとうございました!」とパタンと閉じたメモ帳の表紙に、油性のペンでデカデカと「英単語練習帳」とか書かれていた日には脱力してしまうのであります・・・。


そんな話をうだうだと夫に愚痴りながら、そうした学生さんたちと自分の年齢がもう倍近く違ってきているという現実に愕然とする。若いって素晴らしい。燃やそうよ二度とない日々を。by 青い三角定規