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働く母のすすめ

You are stronger than you think.

バーと稲刈り

息子を妊娠する前は、夫と2人でよく飲み歩いていた。思い返せば、最初は飲み仲間的な関係だったし、夜型だった私たちが「さて、ご飯でも」と思うタイミングは日付が変わる頃だったこともあり、デートは大抵お酒が飲めるお店だった。好きなお酒も飲める量も似通っていたので、それはいつしか共通の趣味のようなものになっていて、例えば数年前まで住んでいたマンションは、お気に入りのバーから徒歩で帰れるところ、という条件で探したものだった。

息子が生まれてからは、どうしたって夫婦2人で飲みに行く機会がなくなってしまうもので。一度だけ息子が「おばあちゃんのおうちに泊まりたい!」と主張して譲らなかった日があって、その時はどちらからともなく、これは飲みに行くでしょう。と終電間近の電車に乗り込んでバーに向かったのけれど。その時以来「おばあちゃんのおうちに泊まる」=「父ちゃんと母ちゃんがいない家で寝る」という事実に気がついた息子が「おばあちゃんのおうちに泊まりたい。」と言うことがなくなったので、やっぱりそれから、夫婦で飲みに行く機会を作れないでいる。

けれど、今でも私は機会を見つけては、ひっそりとバーの開拓を続けている。仕事を休めない私を置いて夫が息子と二人旅に出かけてしまった夜や、泊まりで出張の夜などに。いつか夫とこのお店に通うかもしれないという思いを連れて。

バーに行くなら、オーセンティックバーがいい。

バーテンダーの動きは洗練されて、機械のように正しく美しく動く。その動きはもちろん、お酒に関する知識や時事ネタの収集など、日々努力をしている様子が垣間見えるのだけれど、決してそれをひけらかすことはない。心地よいペースと温度感を探りながら、適度に会話をする術を身につけている。出されるお酒も、生産者の思いの篭ったものが選ばれていて、ひとつひとつが味わい深い。そうした空間を好むお客が集まるので、周りへの迷惑を顧みない飲み方をする人もいない。

先日、出張の際に立ち寄ったバーは、とても心地よく。気がついたら、私は常連客だというドイツ人クリエーターだとかよくわからないコンサル会社の社長だとかいう人たちとカウンターで席を共にしていて。人生で初めて「あちらの彼女に1杯」の嵐に遭遇して、後から夫に報告したら「それだけ飲んで、よく無事にホテルまで帰ったね。」と言われるほどに会話とお酒を楽しんだ。

いつかあの街に夫と行くことがあったら、私はきっと、あの店に寄るのだと思う。


出張から帰った翌日は、息子と2人で稲刈りだった。
私の不在もあり、寝不足気味だった息子は、少し作業をするとタープの下でごろんと横になってしまい、私はあまり農作業に参加できなかったのだけれど。お昼も近かったので、息子のそばで炊き出し用の野菜の下準備をすることになった。里芋の皮むきに専念していると、気がついたら私の周りには、作業から上がってきた女性の輪が広がっていた。

「今年採れたばかりの里芋だから、皮は剥かなくても、包丁でこそげ落としたらいいのよ。そうするとぬめりが出ないから手も滑りにくいし、ついつい茹でこぼしちゃう汁もネバネバしなくていいのよ。」
そんな話をするうちに、春からずっと一緒に農作業をしていたのになかなかお話できなかった人たちとも、ほんのりと打ち解け始めていた。人見知りが激しくて、知らない人がいると1時間くらいは固まってしまう息子も、いつしか隣りの女性から包丁の使い方を習って、一緒に里芋をカットしていた。

昔の人は、こうしてお互いの畑や田んぼの農作業を助け合い、ご飯を囲んで笑い合うことで、近所の繋がりを深めていったのだろうと思う。そうして地域で子どもを見守って、助け合って育っていたのだと思う。


息子にひけをとらない人見知りの私は、他人とコミュニケーションを取るのが苦手な方だと自覚している。周りともうまく関係性を築けないので、一人でいることの方が気楽だと感じているのだけれど、心のどこかで誰かと繋がることを期待していたりもする。

けれど、関係は無理矢理作るものではなくて、こうやって自然で緩やかなコミュニケーションを重ねることによって、気がついたらそこにあるものなのかもしれないと思った。まだそうしたコミュニケーションを重ねる術はまだ身につけられてはいないのだけれど。そうした関係性を築いて行けるように、少し意識をしていきたいと思った。