働く母のすすめ

You are stronger than you think.

晴れ、時々不安

叔母が入院したというので、お見舞いに行ってきた。

父が改まった様子で「ちょっと頼み事があるんや。」と言うので何事かと思ったのだけれど、父の回りくどい説明を父が決して口にはしない本心も斟酌しつつまとめると、仲違いしてしまっている叔母の様子が気になるのだけれど、どのツラ下げてお見舞いに行けばよいのかわからないので、私に代わりに行ってこい。という話だった。父にとって都合のいいことに、叔母の入院先の病院は、私の職場の目と鼻の先にあったのだ。

叔母の病気は、命に関わるものではないのだけれど、少し憔悴している様子だった。そもそも病院や医者というものを信頼していないため、病院という場所にいること自体が不安なのだと叔母は言った。父と叔母。この兄妹は似た者同士ゆえに喧嘩しているのかもしれない。叔母の話を聞きながら、そんなことを考えていた。数年前、父が頭部外傷から一時的に精神症状を呈するようになった一因は、おそらく今回の叔母と同様に、病院や医者に対する不信感からだったのではないかと思っている。

とはいっても、父自身に医療不信となるような明確な出来事があったわけではない。父はただただ自分の理解の範囲を超えた出来事に対して、不安だったのだと思う。ICUから個室に移り、暴れるからと安全のために静注されていたプロポフォールを切った後、目覚めた父の第一声はとても父らしかった。

「はよ、殺してくれ。」

そう言ってニヤリと笑った父。似た者親子と言われる私には、父の最大限の強がりが不安に由来するものであることが痛いほど伝わってきた。

「残念ながらまだ死なれへんわ。今は体がしんどいかもしれへんけど回復に向かってる。閻魔さまにも嫌われてんねんなあ、お父さん。」と減らず口で返すと、安心したかのように、父はまたすうっと深い眠りに落ちていった。

不安とは、明確な対象を持たない恐怖の事を指し、その恐怖に対して自己が対処できない時に発生する感情の一種である。

不安障害 - Wikipedia


不安とは。自分が何を恐れているのかわからないから不安なのだと思う。絡まった紐のように、それを解きほぐして明らかにしていく作業は困難を伴うのだけれど、そこには必ず答えがある。そして答えを手に入れるための方法は、情報を正しく判断した上で知識を得ること、すなわち学ぶことだと思う。不安の対象が明らかにできれば、それに対処する術を考えることが出来る。考えた末、対処できないと思ったのなら潔く諦めて放り出すことも出来る。解決することだけを考えるならば、絡まった部分をぶつりと切って廃棄してしまい、断片を新たに結び直すことだって出来る。けれどできることなら。絡まったまま切断した部分は、入念に燃やして跡形もなく土に還してしまった方がいい。


例えば、身近な話に落とし込むならば、私はそうやって息子と、すなわち育児に対する不安に対応することにしている。私が育児そのものにストレスを感じていないとしたらその理由は、自由に振る舞おうとする彼を制御することが出来ると思っているからではなくて、私には出来ないと思うことを出来ないと投げ出してしまっているからなのかもしれない。そう思っている。それが結果的によいことなのかどうかはわからないのだけれど、少なくとも結果として生じたことを引き受ける覚悟は整えている。息子にとって理想の親になることはできない代わりに。

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