働く母のすすめ

You are stronger than you think.

かわいい人

私の母は、ただひたすら耐え忍んでいた人というわけでは決してなく(一個前のエントリー参照)なかなかに個性的な人だったりもする。

彼女は、何をする時でもどこかほんの少しズレていて、例えば生き物の命をとても尊んでいるようなのだけど、その方法がビミョーにおかしいので、見ている方は理解に苦しむことがよくあったりする。

1. 猫と母

私の母は、小さい頃から猫が好きだったらしい。学校の帰り道で猫を拾って帰っては祖母(母の母)に叱られていたそうだ。私が子どもの頃も、母はとりあえず自宅の庭に来た猫全てに餌をあげるので、我が家には飼い猫ではないけれど、なぜかいつもそこにいる猫というのが必ず存在した。
それだけではなく。ひとたび、道に轢かれた猫がいるという情報を聞きつけると、場所を詳しく聞き出して駆けつけた。大抵の場合、猫はなかなかに正視しがたい姿形になっているのだけれど、母は全く躊躇する様子もなく、持参した段ボールや紙袋にひょいと事切れた猫と花やにぼしを入れ「来世は人間に生まれておいでね。」と言ってしかるべき場所に電話をいれるのだ。
父親に似てひねくれた子どもだった私は「人に生まれたからって幸せかどうかなんてわかんないし。」と思いながらも、一連の行為や思想を微塵も疑う様子なく、あちこちへ出向いては猫を弔う母を不思議な思いで見つめていたのでした。

2. Gと母

私の母は、恐れ知らずである。大体の害虫は手で捕まえられるのだけど、例えば大きなハエでも両手でぱちん!と挟んで捕まえる。「潰してはないのよ。軽く挟んでびっくりさせてるだけ。」そんな言い訳をして、捕まえたハエを「かわいそうだから」と外に逃がす。ハエは本当に潰されていないのか?そのまま飛び立てる状態なのか?私は確認したことがない。それから。本人は否定するけれど、夏場に現れる黒いGですらも手で掴むことが出来る。そんな時もハエと同様に「手では潰してないのよ。」と主張し、捕まえたGをトイレに流す。最早、潰れているかいないかは問題ではないと思うのだけれど、自分の手では潰さないというのが彼女にとって重要な意味をもつのかもしれない。

3. 蝉と母

私の母は、昆虫も好きだ。近頃は同居する甥っ子に虫を捕まえてみせては、誇らしげに笑っている(ちょっと猫みたい)。何を捕まえる時でも、母は網などの道具は使わない。Gをも掴み取る神の手を使い、またもや両手でぱちん!とやると、不思議なことにアゲハチョウでもクマゼミでも、次の瞬間、その手の中に包み込まれているのだ。この場合は母の言葉通り、昆虫は決して潰れたりしていない。
このエントリーを書いていて思い出したけれど。去年の夏に帰省した時、実家のリビングのカーテンに蝉がとまっていたので、甥っ子に外に出すようにお願いしたことがあった(←私は蝉が苦手)。しばらくして帰宅した母に「家の中になぜか蝉がいたよ」と報告したら「あら。それ羽根がもげててかわいそうだなあって思ったから、うちに入れておいてあげたのよ。」とさも当然のことのように主張された。もうただただ、唖然とした。

最近では、母の妙技を知る人が増えつつあるようで。甥っ子を迎えに保育園の前を通ると、園児たちが園の窓から顔を出し「おばーちゃーーん!」と手を振ってくれるようになったらしい。園内に到着すると「おばあちゃん、虫とって!」と口々にせがまれるのよと言う母の目は、まるで子どもみたいに輝いているのでした。

おしまい。