働く母のすすめ

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夫と私による相補的な叱り方について省みてみる育児

私はどちらかというと、粗野で粗雑な家庭で育ったと思う。特にそれを卑下したこともないし、するつもりもないけれど。

工業の街に育った父は、工業高校を卒業後、地元の工場に就職。いわゆるゴリゴリのブルーカラーだった。現在は年を取って随分と丸くそれから弱くなってしまったのだけれど「子どもが大きくなるまでは、女性は家にいるべき」的思想の持ち主ゆえ、母は私が小学校高学年になるまでは専業主婦をやっていたし、居間に座ってテレビを見たまま、台所に居る母に「おい、お茶!」と言うようなバリバリの亭主関白だった。

父はさらに。これは今もそうなのだけれど、感情をコントロールするのが苦手なタイプで、私は小さい頃、よく父のご機嫌依存で怒鳴られていた。怒鳴られるだけでなく、どつかれ、殴られもした。会社での仕事上のストレスが主な原因だった。

子どもの頃の視野っていうのは本当に狭いもので。ハタチくらいで家を出るまで、父親というのはどの家庭でも似たり寄ったりでこんな感じの存在なのだと思っていた。なので大学時代、一般教養(文系科目)の授業を担当してもらっていた教授から依頼を受け、お子さんの家庭教師(理系科目)をした時に、私はものすごいカルチャーショックを受けた。

教授は言った。「うちでは叱る人と、子どもをフォローする人を分担しているんだよ。両方の親から叱られると、子どもは逃げ場を失うからね。」

昨今の子育て論的なことによるとアタリマエの話なのかもしれないけれど、子どもを叱るって、そんなにcontrollableなことなの!?的な衝撃は、当時の私には目から鱗を通り越して魚かなんかが出てきそうなほどだった。"教養"っていうのは、こういう部分にも影響してくるものなのか。と思った。そういえば。後になって思い返してみれば、教授の家は、とても整然として穏やかだった。

その後。色んな経験を経て、私自身が自分の感情をかなりcontrolすることが出来るようになってきたことと、息子も今はまだ決定的なヤンチャをする歳でもないことから、あくまで今のところではあるけれど、息子に対して感情的に怒ることはしていない。ダメなことをした場合は、理由を説明して叱っているけれど。
育児をする時は「感情的に怒るのではなく、理由を示して叱る」ことがよいと言われていたりして、そういう観点からはよい対応のように見えるのだけれど、果たしてこれが本当によいことなのかどうか、最近ぼんやりと考えることがある。

私の叱り方は、毎回ほぼ同じパターンだと思う。
感情は挟まないけれど、叱る時はがっつりと叱る。食べ物を粗末にすること、誰かを悪くいうこと、物や人を傷つける可能性のあること、おおよそ倫理的でないことに関しては、声のトーンを変え、口調もですます調に変え、理論的にダメということを説明する。終わった後は、理解したかを確認後、理解できたという息子を褒める。それからぎゅうと抱っこをする。
それから、叱る時は叱るけれど、叱るポイントを選別する上での閾値は高いとも思う。例えば、息子が突如、砂を頭からかぶったり、裸足で道を歩く。と言い出したとしても特に叱ったりはしない。積極的にやってほしいことでは決してないけれど、叱るほどのことではないと思うので、とりあえずリスクを説明した上で、やりたいようにしてもらう。例えば、裸足で道を歩いて怪我をしたら痛いのは本人なので、痛い思いをして学習してもらったらいいかなと思う。足の裏が真っ黒になった息子を玄関から担いでお風呂場に入れて、足を洗うのは面倒なのだけれど。


つまりは、母ちゃんが叱ることは本当に特別なことで、理由はいつも一貫している。と認識されるように意識している。


対照的に。夫は男性にしては感情的な方だと思う。そこが彼の弱点でもあるし、よいところでもあるのだけれど。

夫は息子に対しても感情的な気がしている。半分以上は理論的な私に対抗して、意図的にやっているような気がするけれど。昨今の育児的にはNGなワード「早く!」なども遠慮なく多発する。私は、こっそり「親の方にまだ努力すべき箇所は残されているうちに「早く」とかせかすのはどうなんだろうか」と思ってはいるのだけれど、決定的に悪いことでもないし、両方の親があまりに理論的、画一的に叱るのもどうだろう。とも思うのでそのままにしている。
それから。夫の方は都会育ちでなぜか手足の汚れに関しては恐ろしくきれい好きなので、多分、息子が靴を履かないと言おうもんなら、泣かしてでも履かせると思う。


そういった親のスタンスを反映させているのか。
最近、息子の私たち親に対する態度が、見事に異なってきた。

基本的には、母ちゃんラブで、寝起きや入眠時など「ここぞ!」という時は私でないとNGなのは昔からなのだけど。私が叱りそうなこととそうでないことは、かなり識別できているようで、恐る恐るやることもあるけれど、結構(よい意味で)我慢しているように見受けられる。私が叱ることは、保育園でもNGとされていることが多いので(平日の滞在時間の長い保育園のルールには基本乗っかるように心がけている)、私だけでなく保育士さんからも注意されているのでやらない。というのもあると思う。よくも悪くも私の顔色をじっと見つめて観察しているので、そういう健気な様子を見ても、母ちゃんは感情的に怒るわけにはいかないと思ったりするのだけれど。


一方で。夫に対する息子の態度は、よい意味でも悪い意味でも油断しきっていると思う。怒られても引かずに主張することが多い。恐らく泣けば夫が折れることも知っているし、わがままが通ることも理解している。思い起こせば、息子は話し始めた頃からなぜか夫に対しては明確に「いや!」と意思表示をしたし、息子のイヤイヤ期は、父ちゃんイヤイヤ期だったと思う。今でも「父ちゃん嫌い!」「父ちゃんじゃないの!」「父ちゃんあっちいって!」など完全に油断しきった言葉を連発するけど、これらの言葉は決して私に向けては言わない。

顕著なのは、一方的に親の不注意で痛い目に遭った場合。夫には全力で抗議するのに対して、私に対してはじっと涙をこらえているだけだったり、ひどい時は、私が悪いのにも関わらず「父ちゃんなんか大嫌い!」と夫にあたったりすることも。

そんなこんなで。最初の方にも書いたように思うわけなのであります。
「こんな感情をcontrolした叱り方で本当によいのかしら。」と。


今のところの落としどころとしては、夫の感情的で人間らしい叱り方と、私の理論的で時に非情な叱り方という異なるパターンがあるということで、息子がうまく(主に父ちゃん相手に)ガス抜きしてくれればと思っているのだけれど。

母業とはなんとも、難しいものですなあ。と思う今日この頃。