働く母のすすめ

You are stronger than you think.

それもまた、前向きな成長と捉えてみたりする育児

息子、3歳9ヶ月。

最近、彼はまたヒトらしくなり、新たなスキル「他人の悪口を言う。」という能力を身につけました。

例えば。
「○○くんの服、へんなのー!」とか、
「母ちゃん、間違えてるよ。バカじゃないの?」とか、
「○○ちゃん、好きじゃない。だって何話してるかわかんないんだもん。」とか。

文字として書くとさらに際立ちますが、大人社会で、もし同じことを言われたら、ものすごいボディブローなヤツです。あかんヤツです。

いやしかし。
まだ大人のソレほどは、どす黒い感情が込められているわけでもなかったり、不快に思ったからそう言っているわけでもなかったりするので、それを無下にアカン!と叱ってしまうのもなんか違うような気がする。息子だって、いつまでも穢れなきピュアなココロでいるわけではないので(そもそもピュアだったのか?)、遅かれ早かれ芽生える気持ちにフタをするのもその場しのぎだとも思う。なので、今のところマイルドに「社会という共同体において、自分が他の人から言われてよい気持ちがしないことや、他の人を蔑む言葉は使ってはいけない。」と伝えるにとどまっているのだけれど。

はてさて。どうお話していくべきだろうか。
最近の私の一番の課題だったりする。

解決策は、おいおい私の中で模索していくとして。
息子の「悪口」を突き詰めていくとなかなか興味深く、示唆に富んでいると思う。


例えば「○○くんの服」の件に関して。
これは、恐らく私と「仲間」であると主張、確認したかったのではないかと推測している。


息子がその発言をする2-3日前のこと。
夫が私に、その「○○くん」が全身キャラもんの服で固めてる。という話をした。決して彼の悪口ではなく、私がある種のキャラもんを頑なに拒否しているけれど、結局は息子の要求に押されて徐々に侵蝕されつつあるという現状に対して、「○○くんのママは潔く子どもの興味に添っている」と私をほんのり揶揄するような会話だったのだけど。恐らく息子は、その中から「○○くんの服について、両親が何か興味を持っている。どうやら母ちゃんは、その服に関してnegativeな気持ちがあるらしい。」という情報を拾ったのだと思う。(注:私がnegativeな気持ちを持っているのは、"息子に"ある種のキャラもんを買い与え(過ぎ)ることであって、他のおともだちやママさんたちがそれらを買うことには何の異論も、もちろんnegativeな気持ちもない。)

で。その話の後に初めて、息子が私と一緒にいるタイミングで○○くんに会った時に出たのが、上の言葉。

意訳するならば「父ちゃんと母ちゃん、○○くんの服について話してたよね?そして何かnegativeな話だったんだよね?」という「僕も聞いてたよ」「父ちゃんと母ちゃんと同じ思いだよ」と言いたい気持ちの顕れなんじゃないかと思われる。

まあ。↑↑には必死に「私は○○くんにはnegativeな気持ちはありません!」的に主張したけど、正直、キャラもん過多な状態にはnegativeな感情はもっているわけで、息子から見れば、そりゃ、キャラもんなおともだち(の洋服)にnegativeと見えますわな。こうやって、親の意見を是と信じて疑わない子どもに、意図せぬ思想が反映されていくわけね・・・。と反省した次第です。とほほ。


で。2番目の「バカ」発言。
これは、息子曰く、保育園の「おともだちが言ってるもん!」な言葉らしい。我が家は関西弁文化なので(息子以外)、大人は「アホ」を多発しますが「バカ」とは言わないし、「バカ」のイメージがあまりよろしくありません。なので息子の口から「バカ」と言う単語が出ることは、色んな意味でショックなのですが、これもまた「おともだちと一緒」でありたい子ども心理かな。と推測。(特に息子より生まれが早かったり、成長が早いおともだちが使っているので「憧れ」の気持ちもあるのだと思う)

そしてこの注意された時に放つ「おともだちもやってるもん!」な言い訳。これも最近顕著になってきますが、これらの「みんなと同じ is OK.」的な発想ってこんな幼少期から生まれてくるのね。という驚き。進化論的な「みんなと同じ is 安全!」っていう考えと関係するのかしらという点でも興味深かったり。


ほんでもって3つ目の発言。
好きじゃないという気持ちを、理由付きで語るという高等テク。少ないボキャブラリーから自分が「不快」に思う理由を一生懸命選び出してきて、ようやく説明したわけなので、ある意味これも成長なわけですが。これが一番母ちゃんがドキリとしたことだったり。

というのも、この「何を話しているかわからない」相手は、最近、海外から日本にやってきた言語的に「何を話しているかわからない」相手だったから。

私も小さい頃、育った街の性質もあり、本当に色んな人がいて。同じように海外からやってきて本当に全く日本語が話せない同級生が何人もいたし、小学校には今でいう「特別支援学級」があったので市内各地から、色んな障がいをもった児童がたくさんやってきていた。そして、彼らの多くは、ある時期、ちょうど今回息子が言ったような、本人が努力しても変えることのできない理由で、心ない言葉を言われたりしていた。

もちろん、まだ3歳の息子には「いじめ」る意図はないとは思うのだけれど、こんなに幼いうちから自分とは違うところを持つおともだちに対して、まず抱く感情が「快ではない」方向にあるとしたら、「いじめ」という問題は、本当に根深いのではないかと思ったり。

息子が現在通う保育園は、ごくごく普通の市の認可保育園だけれども、私の幼少期と同様、多様な人が存在している場所で、髪の色や肌の色が"この国では"minorityなおともだち、日中、医療的なケアが必要なおともだち(看護師さん常駐な園です)が、たくさんいます。

息子は、まだ色んな意味での"awareness"が発達途中なので、今はまだ、じっくりと見守っていきたいと思っていますが、子育てとは、いやはや本当に奥が深いと思い続ける毎日。

負けずに母も自分を磨き続けばならんですね。よっしゃ。