働く母のすすめ

You are stronger than you think.

ないことに嘆くこと、なくなることを恐れずに提供し続けること。

しつこすぎる言い訳が苦手だ。

軽く愚痴ったりする時に、言い訳しながらわいわいとストレス発散するのは全然問題ないし健全な行為だと思うけれど、言い訳を盾に「だから私は〇〇できない」的に力説してくると正直メンドー。と思う。

そういう人に何か言っても「いいよね、アナタは恵まれてるから。」的なこちらの努力を考慮しない発言を放ってくるパターンが多いので、大抵は「ああ。そうなんだね。大変だね。」的に返答し、相手の承認されたい欲求を満たしてthe endにすることにしている。(冷)

配偶者控除の撤廃についての議論で反対をする人の中には、そういう種類の人が多分に含まれていて疲れることがある。

・働きたいけれど、待機児童がいっぱいで預けられない。
・(子供が小さいうちは特に)家族の時間を大切にしたい。

これらは、働かないor働けない理由としては、とても正当なものだと思う。けれど、言い訳に使うものではないと思う。それを選択したのは他でもない自分なのだし、そういう環境の中でも実際に働いている女子はいる。働き続けている女子は、確かに恵まれている部分もあるかもしれない。けれど働き続けるためには、ある程度の努力が必要であることを理解していたとしたら、これらを言い訳にしていることに疑問を感じるのではないかと思う。

また自分の家庭が支払うべき税金額を減らすことだけに捉われるのも、国の税収<<<国の歳出な現状では、建設的ではないように思う。

働く母が何のために働いているかについて - 働く母のすすめ


自分の生活によいことだけを考えて、物事を近視野的にしか見られない人がいたとしたら、その人は、おそらく日々の不満が多くなるんじゃないかと思う。世の中、満たされないことの方が圧倒的に多いから。あと、自分のためになることだけに重きを置いて動いている人は、結果として得られるものも減ってしまうのだとも思う。例えば、誰かに何かをしてあげようって思った時、多くの人は、いつも自分のためにしか動かない人じゃなく、いつも誰かのために動いている人(つまり自分のために動いてくれたことがある人)に何かを返したいって思うものなので、「自分のために!」な人は、負のスパイラル的にもう「自分のために!」なことを死守するしかなくなるんじゃないかと思ったり。

恐ろしく手前味噌な話になるけれど、アラセブ(!)になる私の母は、今でも子育てイベントを開いたり「不安定な」家庭の見守りを行ったり、地域レベルのボランティア活動をしている。そのために必要な最近の子育て事情についての勉強会などにも積極的に参加しつつ、甥っ子の育児をはじめとした主婦業をこなし、さらには無農薬で自家栽培した野菜たちやその加工物を近所の方々に配り歩いていたりする。
もちろんそのことに対して、物質的なお礼をしてくださる方もいるのだけれど、母は決してそれ目的でこれらのボランティアをしているわけではなく、あくまで推測ではあるのだけど、忙しくても大変でも、自分の金銭的な支出が結果として多くなろうとも、誰かの役に立てるのならば、ということに重きを置いているのではないかと思う。母は、もはや税金の納入という意味で役に立てる年齢ではないし、そもそも彼女は専業主婦+パートでまさに配偶者控除の恩恵を受けてきた人なのだけれど、それでも「働くこと」の本質がそこにあるように思う。

さてはて。
かくいう私は、大したことが出来ているわけでもなく、既にアラフォーだけれどもある意味まだまだ若輩だったりもして。今のところ、私の仕事は今すぐ誰かのために役立てるものではないのだけれど、今出来ることとして、上からの理不尽な要求に屈することなく、少なくとも周りの女性が働くことに前向きになれるような「働きやすい職場」であるよう配慮できる女性でいたいと、そんなことを思ったりする5月の夕暮れ。